2009/03/13

Ha Noi 2

ハノイ二日目。先輩はここでお別れだ。

ホテルで朝食をとったあと、ホーチミン廟や博物館のあるエリアへ。廟や博物館へは時間の関係で入れないようだったので、うろうろしていたら結局博物館まで来てしまった。しかし何やらゲートのようなものが見当たらないので、もしかしたら近くまで行けばチケット売り場でもあるかもしれないと近づいていくと、建物の入口の近くにそのようなものを発見した。しかし窓口には人がいない。やはり昼休み中(ベトナムのこういう施設は昼休みを取るところが多い)なのかとあきらめて建物の前でガイドブックを出して相談していると、軍服姿のセキュリティーの人が手を振ってこっちに来いと言っている。・・・チケットも買わずして入れてしまった。これがベトナムクオリティー、なのだろうか。

なかなか中身は充実していたが、ホーチミン以外のキーパーソンを押さえていないと少々辛い。そりゃベトナムの人には説明が要らないだろうけども、外国人を呼びたいのならもう少し親切に解説がいるところだろう。

歩いていて思ったのだが、こういう国をあげてバカでかい博物館を創るくらいの英雄やカリスマ(ホーチミンが国策的に英雄視されていることを加味しても)が、日本にいるのだろうか。特に独立戦争をしたわけでもないし、対外的に版図をどーんと拡大した人もいない日本において、こういう人はなかなか出ないように思える。ちょっとカリスマチックなのは信長かなぁと思うわけだけども、まぁ恐らく独立戦争なんて無い方が幸せなわけで、そういう意味で英雄が出なかったという事は悪い事でないかもしれない。「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」


その後ホーチミン廟の前を通って北に向かって歩を進める一行。北の方向は湖やら寺などがあるので、適当に歩きつつ適当に食事を取ろうという事になった。ベトナムの寺は仏教だったり道教だったり色々あるが、パッと見良く分からない。そういえば、ホーチミンで会った連れの内定先の人の彼女は台湾人だったのだが、彼女いわくベトナムは中国文化圏の外縁なのであまり外国に来た気分がしないと言っていた。食事しかりひしめく寺院しかり、ここにきてその言葉が分かったような気がしてきた。




久しぶりにベトナム料理以外を食べたくなったのかそうじゃないのかは知らないが、とにもかくにもイタリアンなカフェで昼食をとった。この辺りはホテルが多くて、客層も外国人やらエリートサラリーマンやらだった。

お気づきかと思うが、ハノイには湖が多い。僕は川や湖がある街が好きなので、ハノイが好きになりそうだ。湖畔で座って水面を見つめていれば、クラクションの音のけたたましさや水質の悪さなんて気にならなくなるほど落ち着くのだ。それを知ってか知らずか、ガイドブック曰く、娯楽の少ないハノイ市民のデートスポットは「バイクでブラブラ、湖畔でイチャイチャ」だそうで、確かに人目を憚らずベタベタするカップルは結構いたように思える。


今日はスタディツアー組と合流する日なのだが、一人海外に行くのが初めての後輩がハノイに既にいるというので、彼を市内で拾ってから集合のDaewoo Hotelに向かう予定になっている。お互いに近い大聖堂で落ち合うため、ホテルに戻ってから徒歩にて移動。ここでお別れとなる先輩も暇だというので付いてきてもらった。

無事彼と落ち合い、タクシーにて移動。これにて4人のグダグダ道中はおしまいという事で、先輩とお別れをした。お別れもグダグダだったのは言うまでもない。

ホテルについてしばらくすると、みんながやってきた。ここからは総勢10人以上の大所帯。夜は今回のツアーに欠かせないハノイで働くゼミの先輩とともに鍋を食べに行った。ベトナムの人は鍋が好きらしく暑い中でもハフハフ言いながら鍋を食べている。具は鳥、菜っ葉、米麺といったシンプルなものだった。そういえばそれまでずっと観光客用の店や高級店で食べてきたので、こういったローカルな店にきてちょっと気分が変わった。こういうのはこういうので良い。

部屋に戻って先輩や後輩らと話したりしつつ、これから来る数日間をちょっと不安に思ったり。僕は基本的に旅行をする際には心配する必要がなくて、一緒にいても気楽な人としか行かないので、こういういろんな人がいる(しかも後輩ばかりだ!)旅は初めてに近いのだ。まぁ終わってみればだいたいそういうのはとりこし苦労なのだが、始まる前は少しくらいそういう事を思っても別に悪くない。

そんなこんなで、次の日からはゾロゾロといろんなところに行くことになる。

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