2009/03/14

Sa Pa

ラオカイに着くとガイドの人が迎えに来てくれていた。この兄ちゃん、異様にハイテンションで、仮にも山の上で結構寒いというのに、夏にセンター街で見かけてもおかしくない短パン姿と若干チャラ目のルックス。僕、そしてその後僕らの中で彼の名は一瞬でパ長になってしまったのだが、彼はその見た目以上のチャラさを発揮して終始僕らを盛り上げてくれた。きっとテニサーに入ってたに違いない。パ長、まじパネェっす。

サパの当たりの細かい街の名前はすべて失念した。というのも似たような景色で個々の印象が薄いからだ。おそらくガイドブックを見ればわかると思うが面倒なので、ここはRPG風?に行く。

バスでラオカイから「はじまりの街」サパに着くと、とりあえず朝食を取れという事で少々時間をもらった僕らは、食事後ぶらぶらとマーケットを散策した。特に買うものは無いが、少数民族の人と思われるお土産グッズ販売員が目についた。伝統の刺繍などをすすめてくるが、僕は生憎刺繍やじゅうたんの類には興味がない。


ガイドさんと合流すると、あとはどこぞの秘境かと思うような霧が立ち込める山中をひたすらトレッキング。目指すは「やまあいの村」で、そこの民家にステイすることになっている。このトレッキングの最中、ずっとお土産を売ろうとしていると思しき民族衣装の女性が三人ほど同行してきたが、僕は特に目を合わせることなくひたすら無視した。こういうのに慣れると平気で無視できるようになってしまう。

途中えらくきれいな小学校に立ち寄ったが、どうやら最近学校に行く子が減ってしまったとかガイドが言っていた。詳細は失念したが、まぁロジックとして開発経済学で良く出てくるような事例だったように覚えている。教育の期待収益をinformしてあげるだけでも行動は変わりそうなものだが(そんなことを実験でやった論文があったはず)、あのあたりでは学があっても収益ないかもしれないしなぁ(Games in Economic Developmentに関連する話があった)

あぁ、しかしああやって道をガイドにつられて一日歩くだけでは、なかなか満足できなくなってきている自分に気がつく。簡単に言えば、調査がしたいのだ。逆に言えば文化人類学者のように潜行までしなくても気が済むだけ楽なのだろうけども。彼らの経済行動が気になる。

民家にステイして夕食はホストの人たちが作ってくれた。どうもパ長がいろいろ話してくれるのは良いが、せっかくなのでホストの人たちの話を聞くのが良かったのではないかと後になって思った。つーか普通ガイドはそういう通訳をするのが仕事なような気もするが、勢い余ったパ長は米焼酎片手にベトナムの未来について熱く語っていたのだった。まぁそういう人も嫌いじゃないが。

しかしどうもフィリピンにしてもインドネシアにしても、ビリヤードと言うのが結構人気があるらしく、あの民家にもお客用かもしれないがビリヤード台が置いてあった。それに興じる後輩たちを見つつ、揚げ春巻きにビール。享楽と言うほかない。食事後も馴染みの奴やリーダーと話をしつつ、気が付いたら夜も遅くなっていたのでさっさと寝てしまった。

次の日も一日トレッキングをしたりしていた。途中「いちばの町」に寄ったのだが、そこのマーケットにはお土産屋以外に地元の人たちが使う本物の市場があって、はずれには家畜市場もあった。子豚がひきずられて「ぷぎゃーーー」と鳴いている声が乾いた土に反射していた。家畜の市場がちょっとはずれにあったのは衛生上の理由からだろうか、それともなにかタブー的な意味で社会風習があったのかはよく分からなかった。


僕は普段使えると判断したものしか買わない性質なので、基本的に途上国に行って買うものはあまりない。日本で買えば事足りるからだ。そういうわけで、皆が民族衣装的な何かを買う中、僕はリーダーに向けて渡すための色紙を探すだけで、マーケットで何かお土産的なもの買う事は無かった。というかベトナムの旅行を通してもそうだし、モロッコでもなかった。金を落とさない日本人なんて一番役立たず。

その後ラオカイに戻って中国との国境を見てから駅に行き、寝台列車でハノイに戻った。今度の列車は四人部屋で、同期が三人いたのでちょっと真面目な話をしてから寝た。いやいつも話は真面目にしているんだけども、固い話題だったという事で。


あぁ、後半戦はスタディツアーなので毎晩ミーティングをやっているわけで、その日の振り返りとかを各人にしてもらうのだけども、後輩たちの感想を聞いていると初々しくて泣けてくる。でもじゃあ自分があの年頃に同じようなことを言っていたかと言われればよく分からないし、逆に今の自分だって十分に初々しいのかもしれないが、彼らを初々しく感じることで自分がこの二年間やってきたことを再認識したような気がしたのだ。それに彼らからすれば、僕は「今までは開発のゼミにて、来年からは院生で、もう開発やると決めちゃっているガチな人」なわけで、そういう意味で少なくともゼミの中では経験したことのない類のポジションだったり期待されている役割を感じたりしたのだった。そしてそんな初々しい後輩らの変化を楽しみに思う自分にふと気がついた時、「先輩」というものの心持が分かったような気がしたのだった。卒業間近にしてすげー今さらだけども。

寝台列車はガタンゴトンと音を出しながら南へ向かう。ハノイについたらベトナムの旅はそこでおしまいだ、そう思うと途端にこの旅の日常が少しばかり恋しくなったが、そう言っててもしょうがないのでさっさと寝ることにした。

・・・二日分を一気に書いたら長くなってしまった。

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