2009/11/11

最後の晩餐

最近遅まきながら気がついたこと:
書籍をPDFで手に入れることが出来るとすると、これは中々重宝する。特に教科書の類は章別に割りつけ印刷すれば普段の運搬コストも小さくなるし、書き込みも躊躇せずに済む。データで持っていれば検索も容易だし、遠出するときにもパソコン一つ持っていけば、いろいろと教科書を持っていかなくても良い。

しかしPDFで流通してしまうと、簡単にコピー出来てしまうので、本やPDFを買う人がいなくなる。これは著者にとってはゆゆしき問題。アクティベートみたいな事が出来ればいいのかな。でも学術系の書籍の場合、それがどれだけ引用されたかとか教科書として使われたかが重要なので、それが大学からの評価に考慮されて給料upすればいいんじゃないかな、なんて。まぁそれは結局授業料や税金から出るお金なので、どっちがいいのかはよく分からないが・・・。あぁ、でも普通の論文は大学がジャーナルを買っているわけだから、そういう形式にしてもいいのかもしれない。Handbookシリーズみたいに、PDFで手に入ると本当に楽。あぁ、世の中にはkindleとか言うのもあった気がするので、既にこの辺りは解決されていることなのかもしれない。時代に取り残されている気配・・・。

でもいったいどれくらい教科書の類は著者たちにお金が入っているんだろう。例えばマスコレルなんてほとんどの大学院のコアミクロで教科書指定されていると思うんだけども、あれで年間いくらが彼らのポケットに入っているんだろうか。・・・別にフェルミ推定しようとしている訳ではない。



明日は歯を三本も抜かないといけない。今日の夕食が彼らにとっての最後の晩餐だった。美味しい食事を与えたので、さぞ満足であろう。悔いはないぞ、と彼らの声が聞こえてくるようだ。はっはっは。

0207追記:
今日の夜にはこの曲を。

清らかで、楽しくて、美しいと思う。

4 件のコメント:

  1. 本は背表紙から裁断して、全部スキャンしてiPhoneで持ち歩くというスタイルを推奨する人がいます。マジで。

    少なくとも理学系だと論文は(ライセンスを購入してるものに限りますが)基本的にデータで落としてますけどね。こういう話はホント分野外の人がどうしてるかよくわかりません。

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  2. それはちょっと僕には無茶な気がするな。大体スキャンし終わらんし、あの小さな画面じゃ面倒すぎる・・・。

    論文は経済学でも基本PDFだね。多分「論文≒英語」な学問はほとんどPDFでゲットできるんじゃないのかな。逆に他の社会科学の事情は良く分からん。こういう環境だから、ネットで手に入らないものがあると「人に読ませる気が無いんじゃないか」と見下してしまうか、探す気が萎えてしまう。現代っ子の悪い癖w

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  3. こんなの重くて読んでられないけどね。ページ送りしにくい。

    http://cas.umkc.edu/ECON/economics/faculty/Kregel/645/Winter2008/Keynes,%2520John%2520Maynard%2520-%2520General%2520Theory%2520of%2520Employment%2520(1936).pdf

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  4. まぁ読む際にはプリントアウトすることが多いけどね。机にいない時や、念のため持っておきたい時、検索したい時にPDFだと便利ってこと。

    つーかこれは読みづらさで有名なあれじゃないか。読んでられないのはページ送りの問題じゃないんじゃないかw

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