2010/10/25

小料理屋での会話

下町のとある小料理屋にふらっと入った。店構えはそこそこ小奇麗だったが、暖簾をくぐると客の姿はなく、朽ちつつある品書きの板が壁に佇んでいる。他にどうしようもなくカウンターに座ると、古ぼけた厨房が見えた。昭和のまま時が止まったような冷蔵庫が鎮座していた。


50過ぎと見えるおばちゃんが一人で切り盛りしている店だった。
「お兄さん、出身はどこだい」
おばちゃんは聞く。
「お兄さん、わたしの隣の件だね。東京まで出てきたってことは何かい。東大生かい。」
うちの実家の地方からわざわざ東京に来る学生は、確かにそういう理由であることが多い。僕は業界人以外に説明する、いつもの感じで
「まぁこんな感じの事をしています。」
と答えた。おばちゃんは茄子を味噌で炒めながら言う。
「そんなお仕事があるんだねぇ」
「・・・まだ仕事とは言えませんが」

気になったので、ビールをお代わりしつつ
「おばちゃんは何年前に東京に出てきたんですか?」
と聞いてみた。すると、おばちゃんは結婚してすぐに旦那さんを亡くし、幼子を連れて東京に出てきたということが分った。子供の面倒を見ながら出来る商売、ということで始めたらしい。
「駄目だよ。私には志がないから」
たばこの煙が天井へと登って行った。


大志を持って生きられるのなら、まぁそれに越したことはない。それに、そういう愉快な奴らに囲まれている方がこっちも楽しい。しかしそう言ってばかりはいられないのが世の中というやつで、それを忘れてはいけない。というよりも、それをどうにかするのを仕事にしたいと思う訳だ。どうせなら愉快に。


そういう話には脆いので、それ以上細かく聞くのは忍びなかった。代わりに故郷やら下町の歴史の話をしていたら、ほとほと時間が過ぎていたので勘定を頼んだ。帰り際におばちゃんは僕の手を強く握りながら
「今日は楽しかったわ」
と言っていた。

0 件のコメント:

コメントを投稿