2010/12/31

ゆく年くる年

2010年もお終い。軽く振り返り。

・計量に多少明るくなった
修論の最大の収穫はプログラム評価に関する知識が深まったことだし、某ゼミの最大の収穫はどんな推定量にも恐れをなさない心を身に付けた事(笑)。自力で推定量を作ってその性質を見られる所まで行っているかと言われると怪しいので、次の一年でそこまで行くのを期待。まぁ実証屋さんとしてはそこまで行かなくてもいいのかもしれないけど、やっぱり既存の推定量じゃ自分の事例でうまくいかない!というときには自力開発できた方が良いよなぁ、なんて。

あ、あとIOを介してDPの推定とかにも多少明るくなった。今日もDube, Fox, SuのNFPとMPECの比較ワーキングペーパーを読んでいる。きっと役立つはず、というか使える。

・なんだかんだで数学力は微妙に向上
定期的にRudinの簡単なほうの教科書を読んで問題を解いている。地味に効いてくることを期待。

・論文の作り方のコツの端をつかんだ気がする
多分、「これをやりたい」と頭に置きつつ、プロポーザルや論文のイントロを作る感じで文献を調べてまとめ上げる、この作業をひたすらするのがいいんじゃないかと某書類を作成する過程で思った。問題意識を持って論文を読んでまとめておかないと、どうせどこかで散逸する。勿論良いリサーチクエッションが出るかどうかは、ある程度の背景知識を必要とするのだけども。

・コネは重要
正確に言うと、自分の実力を正当に評価(過少でも過大でもなく)してくれ、なおかつそれを正確に伝えるものが必要。それがテストの結果でも、学位でも、推薦状でも変わりはないが、シグナルとして有効であることが重要。



なんだかんだで大変な一年になりそうな2011年の目標

・とりあえず修論を学会発表→パブリッシュさせることを一つの目標にしたいが、温めているテーマをそろそろ本格的に始動させたいのでそちらもある程度の形にもっていきたい。

・実証屋さんとして必要な背景知識が不足している気がするのでどうにかしないと。テクニカルなクエッションではなくて、より実証屋さんぽいクエッションの立て方が苦手だから。結局トップジャーナルに載っているような実証論文って、テクニカルにはそんなに難しくなくてもクエッションが素晴らしい、て類の論文が多いよね、ってことで。


愉快でファンキーな一年にしたいっす。

2010/12/29

おおばかなる

論文を書くということは、外から見るほどスパスパッとしたものでもなく、ただひたすらパブリッシュされるまでリバイスを繰り返し、結局のところ研究者をやめるまで付き合っていかないものなんだなぁと実感する今日この頃。良いジャーナルにパブリッシュされるかどうかが全てだというのはよく言うけど、出たとしても「まだ良く分らんなぁ」というものがあって当然で、逆に言うとそうでないと次の研究につながらないという寸法。つまるところ研究者人生をやめるまで、「あはぁ!」とすっきりする事なんてありえないんだろう。あったとしても、その次には「んん?俺は大馬鹿野郎か?すっとこどっこいが!」があって、また「あはぁ!」がある、そんな禅問答。まぁ大抵の職人系の仕事はそういう性質があると思うけども。


友人が昔勤めていたオーバカナル銀座店にコーヒーを飲みに行ってみた。一緒に行った人は「大馬鹿なる?大馬鹿?大馬鹿?」と不思議そうにしていたが、どうやら「やんややんや」という意味らしい。中の雰囲気はなかなかいい感じで、その名の通りにぎわっている。見た目の雰囲気よりも値段が良心的(少なくとも飲み物の類は)で、併設されているパン屋も気になる所。うちの近くにああいうカフェと、24時間のスタバがあれば良いんだけどな。

2010/12/26

コネ

世の中コネなんだなーと実感する今日この頃。正直に言えば、今まで単純な書類上で負けることがほとんどなかったが故に、コネの大切さは実感することがなかったのかもしれない。しかし自分と大して変わらないライバルたちが沢山いる横一線の状態では、コネの影響力は大きい。勿論正当な意味でのコネ、なんだし、コネのために努力するのは本末転倒だども。

自分の力では如何ともしがたい事が多々あって、周りに助けられている昨今です。

stataのサンプルプログラムを書いているのだが、nを500から1000にしたとたんに処理がおかしい。サイズやメモリは十分取ってあるのに、何故だ・・・・。

2010/12/20

メメント・モリ

この前、とある人とお酒を飲む機会があった。50過ぎくらいの人だ。初対面だったので、自然と出身の話になり、「○○高校です」と言うと、途端にその人の顔つきが変わる。どうやら、同じ高校出身の友人が何人かいるようだった。そして、そのうちの一人が夭折したようだった。25歳だったそうだ。

普段は冷静な人で、お酒を飲んでもつぶれるまで飲むことは滅多にないらしいが、その日は明らかにおかしかった。僕の頭をもみくちゃしつつ、ニコニコしたり物憂げにしながらワインを一瓶開けた。何度も僕をぼんやりと見ていたが、それはその向こうに若かりし旧友の面影を重ねていたからだと思う。

疲れていたのもあったのだろうか、八時頃には会を締め、千鳥足でタクシーにすべり込んで帰って行った。将来の死を恐れる動物は人間しかいないと小耳にはさんだ事があるが、友人の死を30年近く経っても悼む動物も人間だけなのだろうか・・・。


しかし死というものは全くもって分らない。分ろうとすると、途端に怪しい世界に引き込まれるのがオチだから、そろそろ死ぬかなぁ、という時まで考えないのがいいんだろうな。そして、その時は死に対して思いを巡らせるのではなくて、例えば周りの人達などに、その時しておくべきことをしたらいいんだろう。その人達はもう少し生き続けるのだから。


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ところで、僕は知らなかったが、メメント・モリは元来そういう意味だったらしい。つまり、カルペ・ディエム、seize the dayの類語で、ざっくり言えばその日その日を楽しめ、と。それがキリスト教的文脈の中で、文字通り「死を想え」になったとか。本当だとしたら興味深い。もしも存在すらしない死後の世界での魂の救済とやらに、しぶしぶ投資をしているのだとしたら、その損失は相当なものじゃないだろうか、なんて。まぁ本当にそういう話だとしたら、それはそれで「救い」がない話だけども。

しかし本当に身の周りで不幸があったら、しんどいよな。幸い本当に身近なところでは今までそういうことがないけども。

2010/12/12

OB会

昨夜はサークルの総会、もとい忘年会だった。もう一年生とは6歳違う。小学校の一番上と一番したくらい違う。こちらは適当な感じでも、向こうはかしこまってしまう、そんな年の差。真面目な昼の部は出席しない悪いOB。

先週はゼミのOB会だったけども、それと比べるとだいぶ大人しくて真面目な感じの集いである。派手さやきらびやかさとは無縁。同じ大学だけども、結構色が違うのは学部の違いか。パラ経とは良く言ったもの。


とそんな雰囲気の中にあって、僕の周りは馴染みの同期とともに暴論が宙を舞う朝生状態だった。まぁそれが良いんだけど。その名の通り朝まで、といきそうだったけど、さすがに眠くなったし時間も大事なので終電で帰宅。ああ懐かしの駒場時代でしたとさ。


あ、朝生で思い出したけど、この前田原総一朗を見かけたなぁ。なんか有名人と芸能人は違うんだなぁ、と思ったけど。パッと見華やか、かと言われると違うから。

2010/12/06

萌芽

ランダム再生で流れてきたkeith jarrettのkoeln concert #4が涙流すほどに美しい。わが人生賛歌と言っても過言ではない。クラシックを聞き出せばこれくらいの曲がわんさかあるのかな。


今日ふと話した人が某省庁の人で、計量を勉強しに某大学院に来ていることを知った。省庁の体質はそういうところから少しづづ変わっていくのだろうか、それともトップダウンなのかは知らないが、前者だとしたらその始まりを垣間見た気がした。まずはまともなデータ収集とその公開だと思う。

2010/12/05

雑記

・大学の銀杏並木が風に吹かれたせいで、豊潤な黄色の絨毯が出来ていた。好きな風景の一つだ。

・人は書くことによって分かる、というのは本当だと思う。

・程度問題だが、満足できなくても世に出さなくてはならない。そもそも完璧な満足なんてありえないし、もし満足してしまったら足を洗った方がいいのかもしれない。

・眠い。寝る。

2010/12/02

zoteroで大文字

zoteroで文献情報を取り込むとき、著者名がフルで大文字だったりすると後でbibtexにカッコつきで吐き出され、本文中に引用した著者名が大文字で出てきてしまい厄介である。マラリア関係のジャーナルのページががそういう表記をしている時が多いので、そういうときはpubmedから情報を取り込むといいかもしれない。

参考:
http://forums.zotero.org/discussion/31/bibtex-export/