2012/11/05

アイデンティティクライシス

最近「ジョジョの奇妙な冒険」が僕の人格形成に大きく影響していたという認識を日に日に強くしている。勇気とは恐怖を克服することだとどこかで思っているし、覚悟とは暗闇の中に進むべき道を切り開くことだというのもまた然りと思っている。実際僕はそんな勇敢な人間ではないかもしれないし、甘ちゃんなだけかもしれないけども、そうありたいと思っているのがこれまた事実。

そんなことを思ったのは、 こんなエントリをたまたま見たから。
http://d.hatena.ne.jp/raurublock/20080701/1214923268

僕はこの人と近いと思う。自分の人生を何かの物語としてとらえたことがないし、何せありえた自分を想像したとしても、アイデンティティが揺らぐ感触が全くないからだ。むしろアイデンティティを選択してきたという感触すらあって(もしかしたら昔「アイデンティティに先行する理性」を読んだのがちらっと残っているのかもしれない)、僕のアイデンティティは選択する主体という一点にのみに帰属しているという感じである。だから強いて言えばまったく好まない理不尽と思える強制をされた時こそがアイデンティティクライシス、(というか単にストレスがたまるというべきか)、なのであって、ジョジョのように物語や運命と思えるものが仮にあったとしても自分の選択によって抗っていくのが自然であり理想なのである。

まぁ実際自由意志とか存在しないかもしれないし、まぁたぶん存在しないのだろうけども、僕はこういうとらえ方をして局面局面で選択していくことが人生における幸せだと思っているし、そうでない人はそうでない生き方をすればいいじゃん、というスタンスだ。だが、あまりにアイデンティティクライシスという言葉がピンとこないので、果たしてアイデンティティクライシスというものを感じるときがあるのかは周りの人たちに聞いてみたいところである。

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